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ざらめざいどにっき (G5)


2006-05-30

_ [2次元系][アニメ] 涼宮ハルヒの憂鬱 第14話

放送第1回もそうでしたけど、この作品は本当に全く視聴者に媚びないですね。

例の部室で1人長門が読書しているシーンは計ってみたらだいたい3分20秒でした。この時間に耐えきれないと「手抜きしてんじゃねぇよ」などと不満をこぼすわけですよ。実際私もリアルタイムで観てたときはもう眠かったこともあってリタイアぎりぎりでしたよ。

しかも今回は 原作にはないアニメオリジナル話 + 話数は(多分)最終話 ということでさすがにハルヒといえど多少はファンサービス的なものになると思ってただけに、初見は正直「うーん」な感じ。

でもよくよく考えると「ん?」と思いもう1度観ると「やられた」になるわけですよ。とにかくアニメでしかできないことをとことんやったって感じですか。

まず小説では終始キョンの一人称視点なのでキョンがいない部室なんてまず描けないので、それを制覇。そして小説ではニュアンスを伝えるのに限界があるハルヒのデレ描写も制覇。さらには小説、特にライトノベルだとセリフを主体に物語を展開しないといけないのでセリフのない場面は成立しづらい、よってこれまでほとんどスポットを当てることができなかった波風もなく特に喋ることのない部室の情景も制覇。着替えの部分もアニメでしかできない面白さですな。

そして3分20秒ですが、これはアニメ媒体を利用した「涼宮ハルヒの消失」の厚み付けと考えると納得できます。部室の付属物程度の認識しかされておらず、3人は賑やかにビデオ録り、1人はおつかいに出てる中1人演劇部の声が聞こえるほど静かな部室で読書。エラーが蓄積していくのも分かる気がしますよ。視聴者に対し時間を拘束できるアニメだからできるとても贅沢な表現。だいたい京アニがリソース不足なんてあり得ないですから。

というとあれかな、やっぱり第2期も制作すると考えていいのかな?「消失」メインで。

しかし私がこんなの書かなくてもとんでもなく盛り上がってる涼宮ハルヒ界隈だともっと深い考察がごろごろしてるんでしょうけど、それでも書きたい気分にさせるのはこの作品の強さだよなぁ。